2015年05月23日

日本は人質殺害事件さえまともに検証できなくなった

イスラム過激派組織「イスラム国」による日本人人質殺害事件における日本政府の対応を検証する報告書が、5月21日公表され、政府の対応に「人質の救出の可能性を損ねるような誤りはあったとは言えない」として、政府の対応は妥当だったと結論づけた。
この報告書は内容のいい加減さもさることながら、そもそも政府自身がお手盛りで自分たちの行為を「検証」し、「問題はなかった」と結論付けている時点で、笑止千万といわねばならない。しかも、今回の政府の対応の妥当性を判断する上で、決定的な重要性を握ると見られる、殺害されたジャーナリストの後藤健二氏の妻とは接触もせずに、「問題無し」と結論づけている点も驚きだ。
後藤氏の妻は身代金を要求してきたイスラム国側と接触を続けていたところ、政府からやめるよう命じられ、交渉を断念したという。また、その後も、仲介に入った危機管理コンサルタント経由で開放交渉は続いていたとされているが、安倍首相が1月にエジプトで行ったスピーチで「イスラム国」を名指ししたことで交渉が決裂し、その直後に湯川、後藤両氏が殺害されていた。
この報告書にはそうした一連の経緯が検証対象に含まれていないが、そうした点についてもメディア上で目立った批判などは見られない。政府は自らの行動を検証する能力を失い、メディアや市民社会はそれを監視し、批判する能力を失ってしまったのか。ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

詳しくは以下で無料のビデオを見ることができます。
 http://www.videonews.com/commentary/150523-02/

2015年02月06日

ヨルダン人パイロット焼殺

ヨルダンのパイロットが焼き殺されるビデオを見ました。これはイスラム国が制作した一つの作品だと思いました。表現されたものです。もちろん作り物というのではなく、ドキュメンタリーとも言うべきものです。

彼らは焼き殺す場面ばかりでなく、「何故?」という問いかけをしています。アメリカやヨルダンの空爆で殺されたり、重傷を負った人々も撮影しています。それこそが彼らの主張のはずです。

焼き殺すのは残虐です。しかし、空爆によって殺された人々、特に武器を持たない女性や子供たちを空爆をしたパイロットや、それを命じたものたちは全く残虐さを持たないのか。同じです。ただ、それが我々の目の前には提示されないことや提示されても、悪を殺すためにしょうがないようなことになっているので、容認してしまうのではないでしょうか。

残虐な彼らですが、過去のイラク戦争等で彼らの親族や友人知人が何人も犠牲になっているに違いありません。その憎しみがこういう行動を取らせるのだと思います。私の母は95歳になりますが、いままで最も回数の多い話は、戦時中に妹二人がアメリカの空爆によって焼き殺されたこと、弟一人も仕事場で爆弾で死んだことです。子供好きだった祖父は気が狂わんばかりになったそうです。

嫁ぎ先から帰省した浜松は焼け野原で駅から遠くの果てまで何もなくなっていたと、広島の原爆後みたいな惨状だったと話します。母でさえアメリカに対して「一人じゃ何もできんしなあ、どうやってやるか、、、日本はアメリカの言いなりになっている」そんな風に言います。しかし、母の思い出は、どちらかと言えば、憎しみとともにではなく、無念さとともにです。それは日本人全体にある穏やかな性格故ではないかと思います。

アメリカに散々空爆され、最後には広島長崎に原爆を落とされ、どれだけ一般民衆が殺されたでしょうか。イスラム国の人々が体験したことと同じ体験をした日本人はまだ無数にいるでしょう。ときどき、アラブ諸国の人々が「日本人は広島、長崎に原爆を落とされたのを忘れたのか」みたいなことを言うのを聞くことがあります。確か、リビアのカダフイも言っていたと思います。

それを聞いた時「え、アラブの人がそんなこと知り、そんな風に思っているんだ」と驚きました。アメリカから攻撃を受けて悲惨な目にあった日本とアラブ諸国。しかし、捉え方が全く異なるのです。すべてとは言わなくても、彼らの一部は復讐心に燃えてしまうようです。特に武器を持たない一般民衆、特に女性や子供への攻撃に対して。

平和主義の我々は憎しみを攻撃に変えることはなかったのですが、根底には同じものがあるのです。だからアメリカ憎しになればいいとは思いませんし、イスラム国万歳とは言いません。ただ、根本的問題はアメリカをはじめとする西側のアラブ諸国への攻撃や、その対応にあると思います。

それを知った上で、このビデオを見、このイスラム国のことを考えないと間違った解釈をしてしまうと思います。アメリカや周辺国がまず、攻撃を止める。彼らの言い分を聞く。それが何故できないか?

それはアメリカの恥部をさらすことになるからでしょう。しかし、この点が明らかにならない限り、この様相は変わることがないと思います。マスコミも「何故?」の部分を追求しなければいけません。

冷静に見ることができれば、見てください。以下焼殺映像サイト。4分くらいから。
http://video.foxnews.com/v/4030583977001/warning-extremely-graphic-video-isis-burns-hostage-alive/?#sp=show-clips

2014年09月12日

9.11 いまなお消えない9つの謎

9月11日から、一日過ぎました。昨日、911関連で何かを書こうかと思いましたが、廃墟になった家のゴミ出しを頼まれて、二トントラックで二度不燃物処理場を往復して、クタクタでした。
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それにしても、人が死ぬとこれだけの廃物が出るのかと、その労働の疲労度とともに考えさせられました。使えるものも沢山ありました。リサイクルという手もありますが、親族や知り合いがそれを継続してだれかが持ち続けるということはあまりなくて、というより、だれもが自分用をすでに持っているので、一人が一つずつということになるわけです。ドンドン増えるゴミはどうなっていくのでしょう。

すべて燃える素材で作るということを法的に決めてしまえばいいのですが、最近知った情報で、スエーデンではゴミをエネルギーに変えるそうです。http://tabi-labo.com/44787/swedendealingwithwaste/
3トンで1トン分の石油だそうで、他の国からわざわざゴミを買ってもいるそうです。スエーデンでできるならすべての国で可能なのですから、世界中でその方式に変えればいいのにと思います。すべてを長持ちする製品に変えるようにすることも必要でしょう。

911に関してですが、いまだに疑いもなくビンラデインが犯人で彼らの一味がやったのだと思っている日本人が多くて、その度にいちいち不可解な点を説明します。だから、このブログでも何度も言い続けざるを得ないのですが、、。今日は、最近の情報ではないですが、たなか・さかいさんの文章から転載します。911同時多発テロに関して、九つの謎としてまとめてあります。
情報源http://dot.asahi.com/wa/2012092600508.html

9.11 いまなお消えない9つの謎

 9・11事件は、アラブ人の若者たちによって準備され、米国の防衛網の盲点を突いて実行されたという、一般に信じられているストーリーでは説明できないことが多すぎます。
 むしろブッシュ政権は、2001年9月11日に大規模なテロ事件が起きると知りつつ放置したか、もしくは事件の計画そのものに関与していたと考えたほうが無理がないのです。
 米国は、約40年間続いた冷戦に代わる構造を再構築するために、新たな戦争を望んでいた。そのきっかけとして、9・11が起きたのではないでしょうか。
 9・11から始まったテロ戦争という有事体制の中で、米国メディアがいや応なしに体制に引きずられるのは当然です。一方、インターネットは、その埒外にあるため、公式発表への疑問点も数多く報じられてきました。それは事件直後から今日まで続いています。
 9・11を考える入り口として、ここでは重要な疑問点を挙げてみます。
    *
(1)ワールド・トレード・センター(WTC)ビルはなぜ崩壊したのか?
 WTCのツインタワーは旅客機が突っ込んだ後に崩壊しましたが、その様子を見た多くの建築専門家が「あらかじめ爆弾が仕掛けられていたのではないか」と指摘していました。爆弾を次々に爆破させてビルを解体する「制御解体」との見方ですが、米政府は調査結果をもとに、それは根拠のない間違いと一蹴しています。
 「旅客機の衝突による衝撃と火災によって崩壊した」という公式発表が出ると、報道もその線に沿ったものになっていきました。
 しかし、最近になって米国の建築家グループが、ツインタワー崩壊は「制御解体」だったとして、米政府に再調査を求めています。自然落下に近いスピードで崩れ落ちたことなど、公式発表の内容では説明できない、としています。指摘される「制御解体」であったとしても、「だれが、どのように爆発物を仕掛けたか」との疑問は残ります。

(2)旅客機が衝突していない第7ビルはなぜ崩壊したのか?
 ツインタワー崩壊の約7時間後、近くにあるWTC第7ビルが崩れ落ちました。公式説明ではツインタワー崩壊の影響と火災が原因とされていますが、旅客機も衝突していない第7ビルが崩壊したのは、やはりビル解体に用いられる「制御解体」と見るのが自然です。謀略説を分析する人々の間では、この崩壊は「WTC7にも爆弾が仕掛けられており、犯人の手違いで爆破時刻がずれたのではないか」と考えられています。

(3)ビル崩壊の現場を十分な検証もせずに片づけたのはなぜなのか?
 ツインタワーの崩壊現場はただちに撤去作業が行われ、崩壊原因を特定するための十分な証拠調べが行われていなかった、という指摘が出ています。
◆ペンタゴン衝突、穴が小さすぎる◆

(4)米国防総省(ペンタゴン)ビルにできた穴は、なぜ衝突したとされる旅客機の大きさより小さいのか?
 ペンタゴンにはハイジャックされた旅客機が突っ込んでビルの一部が破壊されたとされていますが、公開された事件直後の写真を見ると、ビルの壁面にできた穴は旅客機が突っ込んだにしては小さすぎます。さらに旅客機の残骸などの証拠物も映っていません。ビルに突入した際に旅客機の機体が破壊されたとされ、機体の一部もペンタゴン周辺から見つかったとされています。だが、後に公表された激突の瞬間を映した監視カメラの映像にも機体は映っていません。

(5)米軍の緊急発進はなぜ遅れたのか?
 ハイジャックされた旅客機に対して、米軍は戦闘機を緊急発進させて旅客機を捕捉したり、撃墜したりする態勢を整えています。事件当日も米連邦航空局から米軍に緊急発進の要請が出されましたが、実際に戦闘機がニューヨーク上空に到着したのは、2機目の飛行機がWTCビルに激突した数分後でした。
 ペンタゴンに衝突したとされるハイジャックされた旅客機に対しても、ニューヨークから戦闘機を回しても間に合う時間的余裕がありましたが、戦闘機はその後3時間ほどニューヨーク上空を旋回し続けました。
 ペンタゴンがあるワシントンDCの守備は、15キロほど離れたアンドリュー空軍基地が担当していますが、この日はなぜか、約200キロ離れたラングレー空軍基地から3機の戦闘機が緊急発進しています。結果としてテロは阻止できませんでした。

(6)刑事捜査もせず、なぜ戦争に突き進んだのか?
 日本の警察・司法当局は、オウム真理教による一連のテロ事件を刑事事件として捜査し、教祖の松本智津夫(麻原彰晃)被告に死刑判決を下すなど、刑事手続きにのっとって解決しました。
 ところが米政府は「首謀者ビンラディン、実行犯19人。悪いのはタリバーンとアフガニスタン」と一方的に宣言し、実行犯への刑事手続きを踏まないまま、戦争へと突き進みました。

(7)ビンラディンはなぜ9・11事件の容疑で指名手配されていないのか?
 米連邦捜査局(FBI)のウェブサイトに、「もっとも重要な10人の指名手配犯人」の欄があり、オサマ・ビンラディンも、その中に含まれています。
 しかし、その容疑は、1998年8月にケニアとタンザニアの米国大使館が爆破され、200人以上が死んだ事件に関与したとあるだけで、9・11事件への言及が一切ありません。
 容疑の欄には最後に「その他、世界各地のテロ事件への関与も疑われている」と付け加えられているので、ここに9・11事件が入っているとも考えられますが、ビンラディンの事件への関与は薄いという意味にもとれます。

(8)容疑者の人違いはなぜ起きたのか?
 FBIは事件から3日後、主犯格のモハメド・アタをはじめ19人の実行犯のリストを発表しました。続いて実行犯の顔写真も公開しましたが、後に何人かは人違いだったとわかっています。最初にWTCに突っ込んだ旅客機をハイジャックしたとされたサウジアラビア人は、実際はモロッコに住む事件と関係のない人物でした。
 ところが、FBIはその後の発表でも、なぜか最初に発表したのと同じリストを使い続けました。

(9)度重なる警告はなぜ「無視」されたのか?
 2001年7月、イタリア・ジェノバで主要国首脳会議(G8)が開かれた際、イスラム過激派組織が飛行機で会議場に突っ込むテロ計画があるとの情報を、エジプト当局がイタリア当局に伝え、ジェノバでは厳戒態勢がとられた。この時点で、アメリカ当局は飛行機がビルに突っ込む形式の自爆テロがあり得ると十分、認識していたはずです。
 01年6月、ドイツの情報機関はアメリカでのテロ計画を察知し、米当局に通告していた。事件の1カ月前には、イスラエルの情報機関の幹部が「米国内にはビンラディンと関係する200人規模のテロ組織があり、米国内の有名な建造物を標的にしたテロ攻撃を起こそうとしている」と、FBIと米中央情報局(CIA)に報告しています。
 これらの警告は、すべて表向きは"無視"されました。(転載終わり)

2014年04月29日

慰安婦問題

情報源 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140428-00000013-ykf-soci

オバマ大統領、あきれた慰安婦発言 テキサス親父「勉強不足だ」

夕刊フジ 4月28日(月)16時56分配信
 オバマ米大統領があきれた妄言を炸裂させた。韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領との共同記者会見で、慰安婦問題について「甚だしい人権侵害だ。衝撃を受けた」と語ったのだ。韓国・珍島(チンド)沖の旅客船「セウォル号」沈没事故を受け、支持率が急落している朴氏が起死回生を狙って訴えた「慰安婦=性奴隷」「強制連行」というウソにだまされたのか。

 「北朝鮮が核実験で挑発し、中国が軍備増強を進めているときに、米韓の大統領が語る話題とは思えない。オバマ氏は勉強不足。自国の公文書に『慰安婦は強制されていない』『戦時高級売春婦だった』とあるのを知らないのか」

 こう語るのは、夕刊フジ主催の講演会などのために緊急来日している「テキサス親父」こと、米評論家のトニー・マラーノ氏だ。

 確かに、オバマ氏の発言は突出していた。

 25日の米韓首脳会談後、オバマ氏は朴氏と臨んだ共同記者会見で、元慰安婦らが日本政府による法的責任の認定や賠償を求めていることについて「(女性らの)主張は聞くに値し、尊重されるべきだ」と発言。さらに、日本に対して「過去を正直かつ公正に認識しなければならない」と強調し、日韓双方に「未来を見ることが日本と韓国の人々の利益だ」と前向きな対応を促した。

 米大統領が公式の場で慰安婦問題に触れ、人権問題だと非難したのは初めてとみられる。

 同席した朴氏は、元慰安婦らが高齢となっていることなどを指摘。日本に対して「誠意のある実践が必要だ」と述べ、早急な対応を促した。

 セウォル号沈没事故で、救助や捜索活動のもたつきや、政府高官の不祥事が続出して朴政権への失望が拡大するなか、朴氏にとっては想定外の「成果」となった。

 これに対し、日本政府高官は25日夜、オバマ氏の発言について「韓国側に言わされているのではないか」と述べた。

 加藤勝信官房副長官も同日夜、BSフジの番組で、政治問題化を避けるべきだとする認識を示した。

 訪日時、米大統領として「沖縄県・尖閣諸島は日米安全保障条約が適用される」と初めて公言し、安倍晋三首相ら日本側を喜ばせたオバマ氏だが、慰安婦問題では日本の“譲歩”を求めた形となった。

 だが、これはおかしい。

 マラーノ氏が指摘した米公文書とは、太平洋戦争中の1944年、米軍が慰安婦から聞き取り調査した報告書で、ワシントンの国立公文書館にきちんと保管されている。

 ここには、《慰安婦は強制されたものではなく雇用されていた》《接客を断る権利を認められていた》《女性たちは大金を持って楽しんでいた》《洋服や化粧品など好きな物を買うことができた》《日本兵とスポーツやピクニック、宴会などをしていた》などと記されており、韓国が世界中で吹聴している「慰安婦=性奴隷」「強制連行された」といった主張がウソだと分かるのだ。

 そもそも、日本と日本人を貶めている慰安婦問題は、元軍人の吉田清治氏が1983年に出版したフィクション本「私の戦争犯罪」と、朝日新聞が91年8月に掲載した「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」という事実誤認の記事で広まり、調査のずさんさが指摘されている93年の「河野洋平官房長官談話」で定着した。

 拓殖大学の藤岡信勝客員教授は「オバマ氏は無知だ。きっと、慰安婦についてまともに調べたことがないのだろう」といい、こう続けた。

 「この背景には、米国が第二次世界大戦を『ファシズムvs反ファシズムの戦い』と位置付け、当時の日本をファシズム国家として、自国を正当化させていることがある。日本国内にも『慰安婦問題はおかしい』『河野談話はおかしい』という意識が浸透してきたが、米国は東京裁判史観=日本悪玉論の変更を許さないという意識があるのではないか。日本としては米公文書などを示して、歴史的事実を証明していくしかない」

 前出のマラーノ氏は「目の前に危機が迫っているのに、70年も前のことに執着するのは異常だ。ただ、2国の良識的リーダー(オバマ氏と安倍首相)が、1国の非常識なリーダー(朴氏)と対峙しなければならない構図も考えるべき。オバマ氏は、朴氏が言ってほしいことを言ったが、『過去は過去にしまって、前に進め』と、日米韓の関係を壊さないように促している。実は、考え抜いた外交なのかもしれない」と語っている。


興味深い写真「日本が行なった人類史上類を見ない残酷な植民地支配の証拠写真w」
以下へ
http://sora1975.blog88.fc2.com/blog-entry-48.html

2014年03月05日

忘れ去られようとしている911を再度

東北大震災があり、原発問題があり、911は遠くに行ってしまったかのような感じですが、この事件こそ私自身の人生を変えた事件であり、このブログを作るきっかけになったものです。再度この事件のビデオを紹介したいと思います。以前にも紹介していたビデオ(2010年11月3日)ですが、削除されていたので再度同じものを紹介します。

Investigation.Into.911 Japanese
















2013年09月27日

美輪明宏が出す憲法改正の条件「9条を変えたいなら…」【美輪明宏】

「参院選の結果は予想どおり。そもそも原発を奨励し、これだけの借金だらけのボロボロの国にしたのはどこの政党ですか?自民党ですからね。新聞やテレビも、“アベノミクス”と騒いでいますが、実感としてさほど景気もよくなっていないし、給料も上がっていない。つまり、実体経済とはあまり関係がない」

 今の日本を見ていると、戦時中の大政翼賛会に煽られて、新聞やラジオといったメディアが国民を第二次大戦に駆り立てて戦争に持っていった状態とそっくり、と美輪さん。憲法9条を変える条件として、自民党が徴兵制を敷くなら年齢なんか関係なく、赤紙1枚で政治家は自分自身が言い出しっぺとして出兵する。戦争が始まったら、必ず第一線でゲートルを巻いて鉄かぶとをかぶり、兵隊として出ていただくこと、という。

「さらに連帯責任として、その家族、お父さんや兄弟、子ども、孫、揃って鉄砲を担いで戦争に行っていただく。そして自民党に投票した方々も、自民党の憲法改正草案を読めばわかるように、徴兵制を承知で投票なさったのだから、赤紙1枚で戦争に出ていただく。戦争がどれだけ悲惨で、理不尽で、矛盾しているものか。ご自身と家族が兵士となり、第1線に行かれるのなら第9条を改正してください」

情報源 http://jisin.jp/news/2598/6205/

2013年02月26日

交戦権


情報源 http://blog.livedoor.jp/jproject/archives/51934474.html

一部転載

・・・・・・・交戦権とは読んで字のごとく、戦闘をする権利を持たされていないという事です。それでどうやって中国と戦争するのでしょうか???? 疑問符をいくつ付けても足らないくらいですが、勇ましいネトウヨにでも説明してもらいたいものです。

とにかく戦後70年を延々として米国に頼りきり、外交、軍事に於いて一切自立する道を閉ざしてきた現在の日本が、いまさら領土問題を戦争による外交的措置で解決を図ろうなどと言ってみても、時すでに遅しというところではないでしょうか。

先日、軍事に詳しい知り合いの週間誌記者とスカイプで少し長話しをしました。現在、尖閣方面の自衛隊や海保の隊員はすべて遺書を書かされて現場へ送り出されているようです。つまり現場は覚悟をさせられて出動しているのです。それでも早い時期の死亡には5億円という保証が提示されているそうです。早い時期というのは初期の小競り合い状態という事であり、戦争が本格化してしまえばそれどころではないというところでしょう。それにしても自衛隊の現場の士気の低下は目を覆うものがあるそうです。

なんでも空挺部隊というどこの国でも最精鋭が所属するという部隊のコンテストみたいなものがあるそうですが、15ケ国くらいで行われたこのコンテストで、自衛隊は第一空挺部隊という精鋭が出場したそうですが、最下位に近い成績だったそうです。何でもごく最近編成されたばかりのフィリピンよりも成績が悪かったそうです。そりゃそうですよね。なにしろ交戦権を持たされていない軍隊ゴッコを70年近くもやっているわけですから、士気を高めろという方が無理ですよね。

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そして、尖閣では彼らはロックオンされたときの対処法を、どのように上から命令されているのでしょうか。

「逃げろ!」

それだけです。

中国軍からのレーザー照射を必死に振り切ろうと、恐怖にかられながら逃げまどっているだけなのです。なぜなら「交戦権」がないからです。

それでは恐怖に駆られ、現場自衛官が中国艦船に向けてロックオンしたらどうなるでしょうか。

日中戦争開戦です。
ロックオンを攻撃と認識して、中国軍は一斉に報復攻撃を加えてきます。

ここでやっと自衛隊は反撃できるのでしょうか?

いや出来ません。

出来るのは防御のみ。
つまり中国軍が撃ってくるミサイルや砲弾を打ち落とす事は出来ます。
しかし、それ以上の直接的な攻撃は出来ません。

そんな馬鹿な・・・。

ですって・・。

知らなかったのですか!?

それが交戦権が無いという事であり、専守防衛という事なのです。・・・・・・・

2011年08月06日

孤高の鷲 ― リンドバーグ第二次大戦参戦記                      アメリカ軍の日本兵に対する残虐行為に関する記述

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『 孤高の鷲 ― リンドバーグ第二次大戦参戦記 <下> 』
チャールズ・A・リンドバーグ
(学習研究社刊 翻訳:新庄哲夫)
原著『The Wartime Journals of Charles A. Lindbergh』
http://blogs.yahoo.co.jp/furainngutaigaasu/19976434.html

(396ページ8行目)
 無論、このような事が行われているのを、自分は知っていた。しかし、よしんばそれが第三者の撮影した写真を見て得た知識であっても、自らその現場に立ち、この眼で見、この耳で聴き、五感で感じた場合とはわけが違う。一種、異様な困惑が襲ってきた。以前にかかる困難を覚えたのはどこでだったろうか。南太平洋でか。そうとも、ビアク島の洞窟で日本兵の遺体が腐りかけるのを見掛けたときだ、爆撃跡の穴に埋まる日本兵の遺体の上から残飯が投げ捨てられ、待機室やテントにまだ緑色を呈する日本兵の頭蓋骨が飾り付けてあるのを見掛けたときだ。

 かりそめにも人間が―文明人が、かかる次元まで堕落できるとは考えられないことのような気がする。にもかかわらず、彼らは現実にこうして堕落したのである、ここドイツのキャンプ・ドラにおいて、またかのビアク島の洞窟において。しかも、ビアク島ではわれわれアメリカ人がそれをやってのけたのである、それとは異なる価値のために立ち上ったと主張するわれわれが、だ。

ドイツ人はユダヤ人の扱い方で人間性を汚《けが》したと主張するわれわれアメリカ人が、日本人の扱い方で同じようなことをしでかしたのである。「やつらは本当に獣以下だ。どいつもこいつも皆殺しにすべきだ」。耳に胼胝《たこ》ができるほど南太平洋のアメリカ軍将校から開かされた台詞《せりふ》だ!「何故、兄弟の目にある塵を見て、おのが日にある梁木《うつばり》を認めぬか」

 私はポーランド少年を見やった。このような飢餓状態をどこで見たろうか。それも、ビアク島においてだ。原住民の操るカヌーの光景が記憶に甦《よみがえ》ってきた―われわれのキャンプ近くの岸辺に向ってゆっくりと漕ぎながら、半裸体の武装した原住民に護送される日本軍の捕虜たちだ。列の後尾にいた若干名は歩行できないほど飢えており、このポーランド少年より瘡せ細っていた。

勿論、ドイツ人が捕虜収容所でポーランド少年を飢えさせたように、アメリカ人が日本人を飢えさせたわけではない。われわれがあまりにも文明化″し、手際が良すぎただけの話である。ただ日本人の投降を受け付ないことにより、彼らをして密林内で飢えさせたに過ぎぬ(彼らの責任において)。単純明快な事態であった。

飢餓のために眼がぎらつこうと疾病《しっぺい》の危険性があろうと、われわれは心を動かされなかった。数マイルにわたる密林がそれを覆い隠し、消し去ってくれたからだ。両手を挙げて投降しょうとする先頭の日本兵を撃ち殺しさえすればよかった(「ジャップの投降は信用できない。手相弾を投げつけるからね。即座に撃ち殺してしまう手しかないよ」)。

あるいはただ打切棒《ぶっきらぼう》に振舞い、白旗を掲げて来た敵の使者を怒鳴りつければよいのだ、歩兵部隊の将校連が洞窟で、「顔を洗って出直して来い、畜生め」と勝ち誇ったように。

 かかる一連の出来事が走馬灯のように脳裏をかすめて行く。わが海兵隊が、ミッドウェーの砂浜に寸鉄を帯びないで泳ぎつこうとする日本軍の生存者を撃ち殺した話。ホランディア飛行場で、わが軍が日本軍の捕虜に機銃掃射を浴びせた話。ニューギニアの山越えに南へ飛ぶ輸送機の上から、オーストラリア人が日本軍の捕虜を突き落した話(「オーストラリア軍は捕虜がハラキリを演じたとか抵抗″したからと報告してるんだ」)。

ヌルフォール島で殺されたばかりの日本兵の死体から脛骨を切り出し、ペーパー・ナイフやペン皿を造った話。「そのうちに、あのジャップの野戦病院をたたき潰してやるぞ」と豪語した若いパイロットの話。金歯を求めて日本兵の遺体の口をこじ開けたアメリカ兵の話(「そいつは歩兵お得意の内職でね」)。

「スーべニア用としてこぎれいにするため」日本兵の生首を蟻塚に埋めたという話。ブルドーザーで日本兵の死体を道路の片側に寄せ、浅い、墓標のない穴に放り込んだ話(「それが近くにあったりすると、我慢ができないので埋めてしまうんだ」)。イタリアの町でムソリーニと愛人が逆さ吊りにされた写真を、高い文化的理想を主張する何千というアメリカ人が容認したこと。

歴史を遡《さかのぼ》れば、かかる残虐行為は古今東西を問わず続けられてきたのであった、ドイツのダハウ、ブッケンワルト、キャンプ・ドラといった収容所においてばかりではない、ロシアから太平洋にかけても、またアメリカ本国の暴動や私刑《リンチ》、中南米のさほど喧伝されぬ蜂起や中国の残酷事件においても、さらに数年前のスペイで、往時のユダヤ人虐殺で、ニューイングランドの魔女焼き、イギリスの八つ裂き刑、キリストと神のみ名において行われて来た火刑においても。

 私は人骨の灰に埋まる穴を見降ろした(「一年半に二万五千人だ」)。かかる行為はなにも特定の国家や民族に限って行われたのではないことに気が付く。ドイツ人がヨーロッパでユダヤ人になしたと同じようなことを、われわれは太平洋で日本人に行なって来たのである。ドイツ人が人間の灰を穴に埋めることで自らを瀆《けが》したと同じように、われわれもまた、ブルドーザーで遺体を浚い、墓標もない熱帯地の穴に放り込むことにより自らを瀆したのである。

地球の片側で行われた蛮行はその反対側で行われても、蛮行であることには変りがない。「汝ら人を裁くな、裁かれざらん為なり」(新訳聖書・マタイ伝第七章一節)。この戦争はドイツ人や日本人ばかりではない、あらゆる諸国民に恥辱と荒廃とをもたらしたのだ。



2011年05月15日

美少女の悲涙と戦争

湾岸戦争が始まるきっかけになった一美少女がいます。もちろん、この少女の涙だけが原因ではないでしょう。しかし、アメリカ国民の心はこの涙に大いに動かされた。しかし、実はこの少女は、、、2分50秒くらいから。


こういう操作が行われていることを、アメリカ人のどれだけが知っているのか?また、それを知ったとしても、米人の心がどれほど変わるのか?

ビンラディンが死んだと大喜びしている映像を見ていると、何も変わっていないと思わせますが、この「米人歓喜映像」もまたさくらを呼んでのやらせだった可能性もある、と疑わざるをえない。

とにかく、マスコミが流す情報の信憑性を我々自らが探っていかないと事実は見えない。もちろん日本人も同様に。マスコミは情報を知るためというより、頻繁に情報操作をする道具でもあることを人類の大多数が知ることで、この世界は変わるかもしれませんが、間に合うでしょうか。

2011年05月04日

米国の「正義」は強者の傲慢  小出 裕章

ブロガーより一言

原発のことを調べるようになって、割りに早い時期に小出さんのことを知りました。当初から、話される内容とその品性のある話し方に惹きつけられていました。御用学者と言われるような人々ばかりが出てくるこの世の中で、ネット上のこの人の存在は際立ってもいました。原発の問題を超えて、何よりもこの人の人格やその存在自体に強く惹かれ、毎晩小出さんのビデオ、あるいは音声を聞きながら就寝するような日々でしたが、昨夜以下のような文章を見つけ、とても納得がいきました。

911同時多発テロとアメリカそのものを論じている文章です。このブログを「アンタッチャブル911」と名づけたように、事の発端は911でした。アメリカとは何か、戦争とは何か、この世はどうなっているのか、、、その大事な問いの一つに小出さんは見事に答えてくれているように思えます。911事件の直後に、このように明確に言いえた人がどれだけいたでしょうか。


米国の「正義」は強者の傲慢  小出 裕章


暴力が支える「自由と民主主義」

 私が子供の頃、日本にTVが入ってきた。そのころは西部劇全盛の時代であった。苦労して荒れ地の開拓に汗を流す白人住民を野蛮なインディアンが襲い、それを勇敢な騎兵隊がやっつけるというのがそうした番組の定番であった。どうやら現代の米国人もいまなお自分たちだけは何をしても正義だと思っているようである。

 1492年コロンブスが「新大陸を発見した」時、アメリカ大陸には人が住んでいた。彼らはすでに2万年前、洪積世後期のウィスコンシン氷河期にベーリング陸橋をわたってアジアから移り住んだモンゴロイドである。その先住民達にとって、その後の500年は過酷な歴史であった。1992年、一方では「新大陸発見500年祭」が行われたが、一方では「先住民、黒人、民衆の抵抗の500年キャンペーン」が取り組まれた。

 1776年米国が独立宣言をした時は、星条旗の13本の横縞が示しているように、米国はまだ東部13州であった。その時までにも、先住民は移民してきた白人達によって散々な虐殺にあっていたため、移民達と戦っていた。しかし、米国独立後、先住民がたどる運命はますます過酷なものとなった。合州国政府は1830年に「インディアン強制移住法」を制定し、ミシシッピ川以東に住んでいた先住民を西部に追いやった。10万人の先住民が<涙の旅路>と呼ばれる過酷で長い旅をたどってミシシッピ川以西に強制移住させられ、抵抗したセミノール族は殺された。その後も、先住民達は絶望的な抵抗を続けるが、白人の圧倒的な武力の前に西へ西へと追いやられた。

1840年代にはいると、米国の急速な領土の膨張によって、西部に住んでいた先住民の諸部族も合州国軍の攻撃にさらされた。サウスダコタ西部に位置するブラックヒルズは、グレートプレーンズから900mの比高でそびえ、山地を松の森林が覆っているため、先住民がそう呼んだ聖地であった。ワイオミングはブラックヒルズの西に広がる州だが、そのワイオミングにも白人が侵入し、先住民と衝突した。その結果、1868年になって、ミシシッピ川最大の支流で最西端を流れるミズーリ川以西の地は永久にスー族の保留地であるとの「ララミー協定」が結ばれた。

しかし、1874年にカスター将軍がブラックヒルズで金鉱を発見するや、多数の白人が侵入して無法地帯となった。聖地の冒涜に耐えかねたスー族はついに第2次スー族戦争に立ち上がった。カスターは第7騎兵隊のインディアン討伐隊を率いて出撃、76年6月リトルビッグホーン川で遭遇したスー族の部隊を攻撃した。その時スー族を率いていたのはクレージー・ホースとシッティング・ブル両酋長であり、多大の犠牲を払わされながらもついに騎兵隊を全滅させた。後年、ジェロニモ率いるアパッチ族が騎兵隊を悩ませはしたが、それでもこのリトルビッグホーンの戦いは先住民にとっての哀しくも最後の栄光であった。米国はこの戦いを口実にさらなる虐殺を繰り返し、1887年に「一般土地割り当て法(ドーズ法)」を制定して巧妙に先住民から土地を奪う一方、1890年にはウーンデッドニークリークの大虐殺を起こした。
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選び抜かれた標的

 現代は米国による一極支配の世界である。自らの価値観にあわない国に対しては、直接的な武力行使で崩壊させる、あるいは経済制裁という手段を使って圧力をかけてきた。また、イスラエルがパレスチナに対して武力を背景とした移民を繰り返していることに対しても、軍事的、経済的な協力をしながらそれを支えてきた。何のことはない、暴力によって土地を取り上げ、そこに国を作るというやり方は、米国自身が歩んできた道である。ところが、彼らは米国こそ「自由と正義」の国であり、「平和」を愛する国なのだという。

 多くの人は今回のニューヨークとワシントンに対する攻撃を「テロ」と呼んで忌み嫌う。私にとっても今回の攻撃は衝撃的であった。しかし、今回の攻撃の標的は大変的確に選ばれていた。すなわち、米国が世界を支配するために使ってきた2つの道具、力=軍事力(国防総省)と金=経済(国際貿易センター)の象徴である。(想像でいうことは意味がないが、国際貿易センターに突入した人たちも自らの行為を象徴的なものと考えていたはずで、あのようにビル自身が倒壊し、多数の人々が犠牲になるとは思っていなかったと私は思う。)残念なことは、ホワイトハウスへの攻撃が失敗したことだし、自らの命を捨てても米国の横暴に一矢を報いたいと思う人々の行為を私は非難したくない。

一寸の虫にも五分の魂

 アフガニスタンは大国の狭間で長く苦しい歴史を背負い、現在世界の最貧国である。1980年代以降は、米国が中央アジアでの石油と天然ガスの利権を狙って、ロシアと闘うタリバーンに肩入れした。貧しいアフガニスタンは世界のアヘンの4分の3を生産し、米国CIAがそれを武器に換えて戦闘に介入した。その戦いで国土は荒廃し、アフガニスタンはますます貧しくなり、2100万の人口のうち多い時は600万人以上が難民であった。食料も医薬品も乏しく、統計データすら満足に得られない国であり、軍事費も米国の1000分の1にも満たない。そのアフガニスタンに対して、米国は証拠を示さないまま容疑者と称する人(オサマ・ビンラディン氏)の引き渡しを求めた。

アフガニスタンにとっては、容疑者と称された人は客人であったため、客人を引き渡せというなら証拠を示せとごく当たり前の要求をし、そのための交渉に応じるとまでいっていた。ところが、米国は問答無用、言うことを聞かなければ武力で攻撃すると脅したのであった。証拠のないまま容疑者を拘束することなど、どんな国際法や国内法に照らしても違法なはずだ。にもかかわらず、日本を含めた「先進各国」は唯々諾々と米国についていった。ライオンとネズミの喧嘩にもならないこの一方的な殺戮を、米国に同盟国として認めてもらいたいという卑屈な国々が応援するというのである。

電気すらろくにないアフガニスタンの漆黒の夜に、電子機器で誘導されたミサイルが炸裂する。その下にはもちろん、女性もいれば子供もいる。彼らは一体どのような思いでこの理不尽な攻撃を受け止めるのであろうか?

「浜の真砂は尽くるとも、世に盗人の種は尽きまじ」
(盗賊、石川五右衛門、辞世の句)

米国は「米国につくかテロにつくか」と世界に踏み絵を迫った。敢えて問われるのであれば、私は躊躇なく「テロ」に付く。そんな問いをするのであれば、一番悪いのは世界最強国による国家テロである。しかし、真に問うべきは「正義」か「テロ」かではなく、米国に対する底知れぬ憎しみが沸いてくる、その理由である。途方もない金満・飽食、自らは安全地帯にいてTVゲームをするかのように「敵」を殺す自由すらある米国。そして、一方には10億に達する人々が飢餓に苦しむ。一握りの強者達が、絶望的な格差の上に成り立つ「自由」と「平和」をむさぼり続け、地球環境の破壊などものともせずに、さらなる享楽を求め続ける。そのために、あらゆる軍事的、経済的な力を行使するというのであれば、故なく虐げられた人々による抵抗は必ずやまた起きるであろう。

「暴力で平和はえられない」という人々がいて、彼等はもちろん米国の報復戦争に反対する。しかし、その彼等でさえ枕詞のように、今回の攻撃自体は「いかなる理由があっても、決して許されないテロ」だとして非難する。しかし、現在の世界秩序、強者達だけの「平和」こそ、暴力によって維持されている。たしかに、暴力の行使を認めてしまえば、力の強いもの達が常に勝つことになる。リトルビッグホーンでカスター部隊を殲滅したクレイジー・ホースも翌年騎兵隊に捕えられ殺された。そして、彼の抵抗自体が米国にさらなる虐殺の口実を与えることになった。

その意味では、弱者による物理力の行使は、それ自体を取り上げれば決して弱者自身のためにならない。それ故、徹底的な非暴力による抵抗を試みることにももちろん意味があるであろう。しかし、連綿と続いた先住民の戦いは、それが絶望的な戦いであったとしても、圧倒的な暴力を行使する白人に対するやむにやまれぬ抵抗であった。それを「テロ」として非難することは当たらない。また、そうした先住民の抵抗によって騎兵隊以外の白人移民が犠牲になったとしても、「罪のない一般市民が殺された」として、その責任を先住民の抵抗に求めるのは誤りだと私は思う。今回の米国に対する攻撃についても、それを犯罪として規定するところからしか始まらない思想や運動には、私は与さない。

 最後になったが、「国際紛争を解決する手段としては、武力の行使を永久に放棄した」はずの国が、早々に米国の武力行使に全面的な支持を与えるなどおよそ言語道断である。米国の腰巾着になって自国の利益を求めるこの国は、それを夜の人工衛星から見ると不夜城のごとく浮かび上がるという金満・飽食の国でもある。そのような国で安閑と生活している私自身も無罪であるとは思えない。かりに私が虐げられた人々の攻撃の標的になったとしても、罪のない市民が殺されたなどとは口が裂けても言いたくない。(2001年10月22日・記)

 情報源は http://www.geocities.jp/koideclan/ssh79.htm

ブロガーから最後に一言:911同時多発テロはアメリカ政府のやらせではないのか?という疑問を持ったのが、このブログ発信の動機ですが、友人から反論が来ました。その理由の一つは以下ブログの内容です。http://taizo3.net/hietaro/2011/03/post-439.php

このページのみならず、ここからさらに沢山の情報が得られます。アメリカ政府関与説がちょっと怪しくなってきます。しかし、私としてはこれに関してはまだ判断ができないでいます。よく吟味したうえで、もし間違いならば撤回します。みなさんも、それぞれに考察してみてください。

しかし、もし仮にビンラディンを主犯とするアルカイダの犯行ならば、よくやったというべきで、小出さんの意見に納得しています。要はアメリカとは何なのか?が問題なのです。先日、広島の原爆資料館や放射線影響研究所で得た情報と考察を後日報告します。

以下は当サイトの小出さん関連情報です。
http://untouchable911.seesaa.net/article/198139367.html
http://untouchable911.seesaa.net/article/195689681.html
http://untouchable911.seesaa.net/article/195211824.html
http://untouchable911.seesaa.net/article/195120317.html
http://untouchable911.seesaa.net/article/194661036.html

2011年05月03日

ビンラディンが死んだ

本当ですか?私は信じません。死体の写真がありません。「信用の置ける人」=米国人でない複数人の第三者が正式な科学的本人確認をしたという情報もありません。

しかも、死体の引受人がないから、海に捨てたとか。何かを隠したい気持ちが良く出ています。僕でいいなら、引き取って本人確認がしてみたい。

あのサダムフセインでさえ、生け捕りにして裁判をして、死刑の様子まで全世界に流れました。ビンラディンならば、生け捕りー裁判ー処刑ー3億個に切り刻みー全国民に一斉配送してもいいところなのに。
以下は処刑ビデオです。フセインは堂々としています。フセインが好きなわけではないですが、ブッシュよりましな人間だっただろうと思います。ブッシュ家とラディン家は仲がよかったはずなのに、そういう辺りはどうなったのか?説明するマスコミはいないのか?http://www.youtube.com/watch?v=9O9qxVpi_gI
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        処刑台から落下後のフセイン
911同時多発テロの一ヵ月後、私はマレーシアを旅していました。民家を覗くと、ビンラディンの大きな顔写真が、壁に飾られていました。ところ変われば、宗教変われば、、、、。お店に行くと、ビンラディンのTシャツを売っていました。そのショックを伝えるために、私は5〜6枚買って、日本の友人に送りました。

その後、アメリカに入国しようと思ったら、何時間も待たされ、取り調べられ、やっとこさ入りました。マレーシア経由なら当然で、単に入国が厳しくなったのかと勘違いしました。国が違う、宗教が違う、性が違う、年齢が違う、収入が違う、学歴が違う、違う違う違う、、、でも、放射能汚染は平等です。やっと、平等な世界になったんです。

2011年02月15日

エジプト

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エジプトの様子を見ていると、一見エジプト人が自由になるような、民主的な国になるような感じがしますが、アメリカ政府が民衆側に立った時点で 「これは、おかしい。このデモとアメリカはどこかでつながっている」 と見るのが、ニュースのまともな読み方だと思います。元々、ムバラク大統領とアメリカはつながっていたのですから、何が原因でその関係が絶たれたのか?が、まずはっきりしないことには、このデモの意味が理解できません。

世界の動きを見ていると、将棋のような高度なゲームをしているような印象を持ちます。読みが深くないと、騙されます。しかも、新種の駒まで出てくる。これに比べると、一般の人は、世界は挟み将棋をしていると思っています。みんなが思考するようにならないと、このゲームのレベルの差は埋まりませんね。

エジプトや中東情勢を詳しく書いた記事を見つけました。一部転載、詳しくは以下サイトへ。
事実は調べようがありませんが、今日の情報は一応頭に入れておいていいかもしれません。

「 いまのところ、エジプト民主化の急先鋒にして、アラブ解放のシンボル的な存在であるエルバラダイですが、これもグローバル・エリートの傀儡であることは間違いのないことですから、ムスリム同胞団の当て馬に使われていると考えることもできます。

結局、今回の立役者たち、すべてがグローバル・エリートの操り人形である、という考えは、日を追うごとに憶測では済まなくなりそうです。

本当のことを知らないのは当のエジプトの人たち。
しかし、彼らの選択肢は、これしかないのです。 」

http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-334.html



2010年12月11日

9月11日テロ事件:21世紀最大の詐欺

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【9月11日 Vladimir Anokhin】
 2009年9月11日で、アメリカで起きた恐るべきテロ攻撃の日から8年目を迎えたことになる。
 悲劇はいまだに多くに疑問を残している。なぜツインタワーはより強い衝撃にも耐えるよう設計されていたのに崩壊したのか?“自爆攻撃”をしたと言われる者たちがいまでも生きている例があるのはどういうことか?ペンタゴンに突入した航空機の撮影フィルムはどこにあるのか?

 9月11日の攻撃で2973人が死亡した。ニューヨークの世界貿易センタービル(WTC)のツインタワーは攻撃で崩壊した。ワシントンのペンタゴンの一部は破壊された。WTCは20世紀末期のアメリカの力の象徴であった。このタワーはアメリカ人になにか威厳というものを示し、自国に対する誇りを感じるよう1960年代の初期に建築が開始された。
 この建築に使用された鋼鉄の重量は20万トンを超える。使用された電線の長さは3000マイルで、それはニューヨークとロンドン間の半分にもなる。結果として、110階450メートルの高さのモンスターのようなこのビルはニューヨーク市のスカイラインを変えた。
 このビルの構造は単純だが賢い作りだ。ビルは地震にも耐えるようにデザインされている。
 ビルは1973年4月4日にオープンした。この二つのビルは何十年間も持つはずだったが、28年で崩壊した。この問題で多くの人々が感じる疑問に対してなんの回答もないままだ。
 巨大な鋼鉄の柱がケロシンで溶解するものだろうか。ケロシンの燃焼点は鋼鉄の溶解点と比べて4分の1も低いのに?12機の貨物機が白リンを積んでそれぞれにタワーに突っ込んで初めて崩壊させることができる。もしくはビルには事前に爆薬が仕掛けられていたはずだ。
 
 本当は何がおきたのかという件については多くの説明方法がありうる。2001年9月16日号のニューズウィーク誌は19人のハイジャッカーの内、5人はアメリカの軍事基地で訓練を受けた、と書いた。3人は海軍基地ペンサコーラで登録された運転免許証と自動車技術パスポートを持っていた。
 テロリストの謎の動きについての詳細は、アメリカの高官らが彼らテロリストを政治的ゴール達成のため利用し、この攻撃に関与している可能性に関する憶測を引き起こす。
 もしそれがそうならば、アメリカの戦略家らは新しいことは何も考えていなかったということになる。ローマ帝国のネロ皇帝は、クリスチャンを非難するためにローマ市に放火した。ヒットラーは政敵を非難する口実のため国会議事堂に放火した。
 アメリカは以前、政治的挑発を何べんも引き起こしている。1898年、アメリカはスペイン人の攻撃に見せかけてキューバに対する支配からスペインを追放するためハバナにあるアメリカを攻撃した。1911年、メディア王のハーストはメキシコの領地を失ったため、アメリカがメキシコに戦争を始めるキャンペーンを行った。彼の新聞で数十万のメキシコ兵がアメリカの国境に迫ってきていると書いた。
 アメリカ政府は日本の真珠湾攻撃計画を知らされていたが、それを阻止するための行動は取らなかった。アメリカ人は第2次世界大戦に対しては戦争参加に反対していたが、政府は戦後の世界の再分割を考え戦争に参加したがっていた。それですべての空母は攻撃直前に真珠湾を出て古い戦艦だけが残っていた。
 
 その他の挑発行為は、その1年後カナダを戦争に巻き込む動きだ。日本の潜水艦が1942年6月20日、バンクーバー近くの灯台を攻撃した、と言われた。日本がそのような意味のない対象を危険を冒して攻撃する理由はないと考えられる。後になって、灯台を攻撃した砲弾は日本の潜水艦から発射されることはありえないタイプの物とされた。
 アメリカのスペシャル・サービスはテロリストのリストと顔写真を9月11日テロ事件のおきた数時間後に世界に示した。しかしながら、5人の“死亡した”テロリストが突然サウジアラビアに存在していることが分かった。彼らは国を離れたことはなく、航空機のハイジャックもしていない。これはリストが事件前に準備されていたことを示していることにならないか?
 ペンシルベニアに墜落したボーイング機についてはどうか?航空機の墜落現場のくぼみには小さな破片のみしか存在していなかった。たとえ航空機がヘキソーゲンの積荷を運んでいたとしても、機体がごみになることはないだろう。
 
 そして更に驚くべきことがある。コンドリーザ・ライス氏は安全保障アドバイザーを努めていたが、この悲劇の8時間前ウィリー・ブラウン・サンフランシスコ市長と電話で話しをし、9月11日にはニューヨークに飛ばないよう忠告していたのだ。
 イギリスのタイム誌は、この事件の後ブッシュ大統領はサウジアラビアのプライベート航空機が、ビンラディンの親族らを乗せてアメリカ領空を通過して飛び去ることを許可した、と報じた。
 ビンらディンの親族の誰一人としてFBIに喚問されることはなかった。何らかの情報を持っているかどうかさえ尋ねようとする試みもされなかった。
 9月11日テロ事件の謎が解明されることがあるのだろうか?

情報は以下より
http://rockway.blog.shinobi.jp/Entry/224/

2010年11月24日

何故国葬にならないのか?35人

陸自幹部もイラク派兵自衛官35人の死亡(自殺18人・事故及び原因不明12人。そ れ以外の帰還後の死亡は、100人以上?)を隠していた。そして、メディアも民主党も、この問題を取り上げない。守屋ひとりに全部罪をかぶせて、火消ししたいのか?国家丸ごと、ユダヤ侵略軍の支配下。
 「原因不明」だと。戦闘死だろ。事故?米軍の誤射だろ?>(richardkoshimizu's blog 2007/12/03 04:20)【引用終了】


 新聞では、確認していたが、これほど多いとはちょっと意外。詳しく調べてみる必要がある。

【引用開始】< テロ特措法に基づきインド洋に派遣された海上自衛隊員は延べ約1万900人。イラク特措法に基づき派遣された隊員は、今月7日現在、陸自が延べ約5600人、海自が同330人、空自が同2870人。(2007年11月13日23時58分 読売新聞)【引用終了】

【引用開始】社民党の照屋寛徳衆院議員の質問主意書に答えた。 
 答弁書によると、今年10月末現在、両法に基づき海外に派遣された隊員のうち在職中に死亡した隊員は、陸上自衛隊が14人、海上自衛隊が20人、航空自衛隊が1人。このうち、死因が自殺だったのは、陸自が7人、海自が8人、空自が1人だった。派遣と死亡との因果関係については、「一概には申し上げられない」とし、退職後に自殺した隊員の数については、「把握していない」とした。【引用終了】


 どうも、確定数字がはっきりしない。はっきりしないと言うことは、隠された可能性もある。新聞報道を参照して、自殺率は0.15%である。日本の自殺率は、3万2115人/1億3千万人=0.025%であるから、6倍以上。派遣期間が3年間として、2倍/年間。
 年齢構成で見ると、国内 での20才〜50才未満の自殺者は、1万2900人だから、同じ計算で0.01%であるから、15倍。派遣期間考慮で、5倍/年間。
 国内年間自殺者数の原因の70%は、経済・健康問題であるから、派遣隊員の屈強さから考えて、割り引いて考えるとさらに異常な高率であることが窺える。参照:http://www.t-pec.co.jp/mental/2002-08-4.htm
 上記(richardkoshimizu's blog 2007/12/03 04:20)の数字が事実だとすると、それ以上。原因不明とは何だろう。

 因みに、米国で観ると、

イラクで死んでゆく米軍兵士よりも、米軍び退役兵士の自殺者の方が数が多いことが、昨日、テレビの番組で明らかにされた。2005年には少なくとも 6,256人の退役兵士が命を落とした。これは一日に17名の割合となる。 退役兵士は、一般の人たちより、倍以上自殺の割合が多い。 

ということだが、自衛隊の場合、非戦闘地域派遣であるからちょっと納得出来ない数字である。

 説明責任が、政府にはある。マスメディアはこうした面の報道をすべきである。

http://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/2007/12/351812_21c4.html

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2010年11月03日

ZERO 9/11の調査報告











2010年08月09日

韓国軍艦沈没事件その後

・・・・・・・・天安艦が米韓同士討ちで沈没したと考える場合、その後の展開を主導しているのは韓国政府ではなく米国(米軍)である。韓国政府は、事件後の1カ月あまり対応を迷っていた。天安艦沈没の濡れ衣を着せたら北朝鮮は激怒して戦争になりかねず、韓国にとって危険すぎる賭けだ。しかし韓国政府は、同士討ちを発表することもできなかった。・・・・・・

http://tanakanews.com/100531korea.htm

2010年04月14日

自衛隊員35人死亡

産経新聞 2007、11,13 より

「インド洋やイラクなどへの海外派遣任務に就いた延べ約1万9700人の自衛隊員のうち、16人が在職中に自殺していたことが13日、政府が閣議決定した答弁書で明らかになった。社民党の照屋寛徳氏の質問主意書に対する回答。

 答弁書によると、テロ対策特別措置法に基づきインド洋に派遣された海自隊員は約6年間で延べ約1万900人。イラク復興支援特別措置法に基づく陸、海、空自隊員の派遣人数は約4年間で延べ約8800人に上る。

 このうち在職中の死亡者は計35人で、内訳は海自20人、陸自14人、空自1人。うち自殺者は海自8人、陸自7人、空自1人で、それ以外は病死が計7人、事故死・死因不明が計12人。派遣と死亡の因果関係は「一概には申し上げられない」としている。」

この記事は以下のサイトにありましたが、今は削除されています。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/071113/plc0711131911007-n1.htm

もし、確認したければ、図書館に行って、2007年11月14日の産経、読売、毎日のどれかを探せば、この関連の小さな記事が見つかります。国家の機密を見つけたようでぎくっとします。地方によっては15日の場合もあります。

その他の情報源としては以下に詳しいです。


国会での福田首相答弁本文
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b168182.htm


2010年02月07日

911 WTC LOOSE CHANGE 2

911 WTC LOOSE CHANGE 2
NO1からNO9まで。










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