2011年08月06日

孤高の鷲 ― リンドバーグ第二次大戦参戦記                      アメリカ軍の日本兵に対する残虐行為に関する記述

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『 孤高の鷲 ― リンドバーグ第二次大戦参戦記 <下> 』
チャールズ・A・リンドバーグ
(学習研究社刊 翻訳:新庄哲夫)
原著『The Wartime Journals of Charles A. Lindbergh』
http://blogs.yahoo.co.jp/furainngutaigaasu/19976434.html

(396ページ8行目)
 無論、このような事が行われているのを、自分は知っていた。しかし、よしんばそれが第三者の撮影した写真を見て得た知識であっても、自らその現場に立ち、この眼で見、この耳で聴き、五感で感じた場合とはわけが違う。一種、異様な困惑が襲ってきた。以前にかかる困難を覚えたのはどこでだったろうか。南太平洋でか。そうとも、ビアク島の洞窟で日本兵の遺体が腐りかけるのを見掛けたときだ、爆撃跡の穴に埋まる日本兵の遺体の上から残飯が投げ捨てられ、待機室やテントにまだ緑色を呈する日本兵の頭蓋骨が飾り付けてあるのを見掛けたときだ。

 かりそめにも人間が―文明人が、かかる次元まで堕落できるとは考えられないことのような気がする。にもかかわらず、彼らは現実にこうして堕落したのである、ここドイツのキャンプ・ドラにおいて、またかのビアク島の洞窟において。しかも、ビアク島ではわれわれアメリカ人がそれをやってのけたのである、それとは異なる価値のために立ち上ったと主張するわれわれが、だ。

ドイツ人はユダヤ人の扱い方で人間性を汚《けが》したと主張するわれわれアメリカ人が、日本人の扱い方で同じようなことをしでかしたのである。「やつらは本当に獣以下だ。どいつもこいつも皆殺しにすべきだ」。耳に胼胝《たこ》ができるほど南太平洋のアメリカ軍将校から開かされた台詞《せりふ》だ!「何故、兄弟の目にある塵を見て、おのが日にある梁木《うつばり》を認めぬか」

 私はポーランド少年を見やった。このような飢餓状態をどこで見たろうか。それも、ビアク島においてだ。原住民の操るカヌーの光景が記憶に甦《よみがえ》ってきた―われわれのキャンプ近くの岸辺に向ってゆっくりと漕ぎながら、半裸体の武装した原住民に護送される日本軍の捕虜たちだ。列の後尾にいた若干名は歩行できないほど飢えており、このポーランド少年より瘡せ細っていた。

勿論、ドイツ人が捕虜収容所でポーランド少年を飢えさせたように、アメリカ人が日本人を飢えさせたわけではない。われわれがあまりにも文明化″し、手際が良すぎただけの話である。ただ日本人の投降を受け付ないことにより、彼らをして密林内で飢えさせたに過ぎぬ(彼らの責任において)。単純明快な事態であった。

飢餓のために眼がぎらつこうと疾病《しっぺい》の危険性があろうと、われわれは心を動かされなかった。数マイルにわたる密林がそれを覆い隠し、消し去ってくれたからだ。両手を挙げて投降しょうとする先頭の日本兵を撃ち殺しさえすればよかった(「ジャップの投降は信用できない。手相弾を投げつけるからね。即座に撃ち殺してしまう手しかないよ」)。

あるいはただ打切棒《ぶっきらぼう》に振舞い、白旗を掲げて来た敵の使者を怒鳴りつければよいのだ、歩兵部隊の将校連が洞窟で、「顔を洗って出直して来い、畜生め」と勝ち誇ったように。

 かかる一連の出来事が走馬灯のように脳裏をかすめて行く。わが海兵隊が、ミッドウェーの砂浜に寸鉄を帯びないで泳ぎつこうとする日本軍の生存者を撃ち殺した話。ホランディア飛行場で、わが軍が日本軍の捕虜に機銃掃射を浴びせた話。ニューギニアの山越えに南へ飛ぶ輸送機の上から、オーストラリア人が日本軍の捕虜を突き落した話(「オーストラリア軍は捕虜がハラキリを演じたとか抵抗″したからと報告してるんだ」)。

ヌルフォール島で殺されたばかりの日本兵の死体から脛骨を切り出し、ペーパー・ナイフやペン皿を造った話。「そのうちに、あのジャップの野戦病院をたたき潰してやるぞ」と豪語した若いパイロットの話。金歯を求めて日本兵の遺体の口をこじ開けたアメリカ兵の話(「そいつは歩兵お得意の内職でね」)。

「スーべニア用としてこぎれいにするため」日本兵の生首を蟻塚に埋めたという話。ブルドーザーで日本兵の死体を道路の片側に寄せ、浅い、墓標のない穴に放り込んだ話(「それが近くにあったりすると、我慢ができないので埋めてしまうんだ」)。イタリアの町でムソリーニと愛人が逆さ吊りにされた写真を、高い文化的理想を主張する何千というアメリカ人が容認したこと。

歴史を遡《さかのぼ》れば、かかる残虐行為は古今東西を問わず続けられてきたのであった、ドイツのダハウ、ブッケンワルト、キャンプ・ドラといった収容所においてばかりではない、ロシアから太平洋にかけても、またアメリカ本国の暴動や私刑《リンチ》、中南米のさほど喧伝されぬ蜂起や中国の残酷事件においても、さらに数年前のスペイで、往時のユダヤ人虐殺で、ニューイングランドの魔女焼き、イギリスの八つ裂き刑、キリストと神のみ名において行われて来た火刑においても。

 私は人骨の灰に埋まる穴を見降ろした(「一年半に二万五千人だ」)。かかる行為はなにも特定の国家や民族に限って行われたのではないことに気が付く。ドイツ人がヨーロッパでユダヤ人になしたと同じようなことを、われわれは太平洋で日本人に行なって来たのである。ドイツ人が人間の灰を穴に埋めることで自らを瀆《けが》したと同じように、われわれもまた、ブルドーザーで遺体を浚い、墓標もない熱帯地の穴に放り込むことにより自らを瀆したのである。

地球の片側で行われた蛮行はその反対側で行われても、蛮行であることには変りがない。「汝ら人を裁くな、裁かれざらん為なり」(新訳聖書・マタイ伝第七章一節)。この戦争はドイツ人や日本人ばかりではない、あらゆる諸国民に恥辱と荒廃とをもたらしたのだ。



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