2011年05月19日

福島原発 42 オンカロ 〜人類の宿命・欲深く短く〜

昨夜、非常に興味深いドキュメンタリーを見ました。NHKBSの「地下深く永久に・核廃棄物10万年の危険」
予告編がありました。以下です。


フィンランドのオルキルオト島(OLKILUOTO)にある放射性廃棄物最終処分場 「オンカロ」(フィンランド語で「隠し場所」) を紹介しています。廃棄物処分場が決まったのは、いまだに世界ではここだけのようです。10万年間の静かな眠りを目指して。

世界には高レベルの放射性廃棄物は少なくとも25万トンあり、これから無数の「オンカロ」が必要になるようです。果たして日本には理想的な場所があるのか?しかし、その体積は意外に小さいのです。ウラン80トンは2.2mの立方体と原子力発電所で聞いたことがあるので、日本全体ではたぶん8mの立方体。全世界では32〜33mの立方体です。大き目のビルか船くらいなものです。地球の体積からすれば、実に微々たるものですが、この毒性がいかに強烈かということですね。

Olkiluodontie.jpg


何故、この場所に決めたのかというと、ここは18億年前の地層でこれからも変化がないであろうということらしいです。島という条件もあったかもしれない。しかし、地図でよく見るとほとんど陸続きみたいなところです。しかも大海にある島ではなく、ボスニア湾内。首都ヘルシンキから200キロ。

心配は地下に変化はなくとも、これからさき地上で何が起こるかわからないこと。さらに、6万年以内に氷河期が来るので、そのときにどういう変化が起こるか?

数百年は人類は近寄らないとしても、数万年先になると、もうわからない。人間が進化しているのか、一度絶滅して少人数から再生した人類がいるのか、あるいは別の星から誰かが来るのか?細菌や虫くらいしかいないのか、、それなら、硬い地層までいかないのでいいかもしれませんが、、もしその後、その生物が進化して、人間モドキができたら、、、

それにしても、今現在、人類に恐怖を与えつつウランを使い、一方で数万年先の生物の心配をしているというのも、 何だか変な話です。しかし、とりあえず人類が存在するであろう数百年は眠っていてほしいだけかもしれません。

ですから、本気で考えているのかどうかわかりませんが、どうしたら人類がここに近づかないか?を検討しているのです。
二つの案があり「この場所は非常に危険で、怖くて、人類にはまったく無駄な場所なので近づいてはいけない」というような言葉や絵を置いておくというアイデアと、一方で忘れ去るようにする方法と。
DSC00816.JPG
これは貼り付けるマークの一案のようですが、数万年後の人が「扇風機、箸に笑顔、急げ」と取れば「冷房設備のある部屋で美味しいものがある。右へ急げ」と解釈しないでしょうか(笑)。これは我々だけが持つイメージであって、アイデアがとても貧しいです。もっと創造性と想像性のある人に任せないと、お役所仕事ではできません。

宝物や宝石があるような場所に行き着くには、いろいろな困難がつきまとうというイメージが映画などにはよくありますが、そういうイメージがもし未来の人類にあれば、危険であるという表示があればあるほど、行きたくなるでしょう。だから、完璧に元に戻して跡を残さないことが大事ではないかと思いました。あとはそこに至るか否か、運命に任せるしかないでしょう。

ウランを見つけ、それを使ったのは現代の我々にはパンドラの箱を開けたことになったのですが、将来の人類にはこの「オンカロ」がパンドラの箱になるわけです。

それを開けたときに、未来の人類は20〜21世紀の人類がいかに悪質だったかを知るのです。とんでもない先祖がいたのだと愕然とするでしょう。我々は未来の人たちに何もいいものを残せなかった、逆に猛毒を残した実に先祖らしくない、大変迷惑な存在なのです。せめて、「我々は馬鹿でした、何故ならこれこれこんな悪いことやあんな悪いことをして生きていました。近いうちに絶滅してしまうかもしれません。みなさんはそんなことをしないように生きてください」と言葉でも残せたらダイヤモンドより高価だと思いますが、たぶんこの貴重な助言を聞く人は少ないでしょう。

未来の人類も好奇心と欲望に負けて、開けてしまえば、同類。いつまでたっても、人類に進歩はないというわけですが、開けないという選択をするような意気地のない人類もちょっと情けない気もします。

常に人類は知性込みの欲望によって世界は滅びるようにできているのかもしれません。

ビデオの中で岩盤を掘っている様子を見ていて思いましたが、こんなに地球の中身をズンズンつついていいのかなあと。地球という生命をつついているように感じました。地球という生命が人類とともにある時代は常に、「欲望のままに、太く短く生きる」というのが、一般的な生き方かもしれません。人によっては細く長く生きる人もいますが、人類全体ではやはり「欲深く、短く」生きているのでしょう。

また、別な考えとしてここに埋められる大量のウラン、プルトニウムが数万年後の人類に宝である可能性もなくはありません。別のドキュメンタリーでチェルノブイリでの研究ではネズミにわずかの放射線をあてると、放射線の免疫ができるという結果が出たと記憶しています。もしかして、将来放射線に強い人類が存在している可能性もあります。そうなれば、本当に貴重なエネルギー資源になるかもしれませんが、あくまで希望的予測です。


posted by 究明 at 18:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 原発・原爆・放射能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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