2014年09月02日

子宮頸がんワクチンに関する新たな情報

子宮頸がんワクチンに関する新たな情報です。

詳しくは以下のブログへ

コロンビアの少女たちの「謎の病気」の裏に見える、世界を覆う「システム」
http://oka-jp.seesaa.net/article/404710370.html

子宮頸がんワクチンに関する当ブログの記事は二つ

http://untouchable911.seesaa.net/article/185929113.html
http://untouchable911.seesaa.net/article/354111555.html

2014年09月12日

9.11 いまなお消えない9つの謎

9月11日から、一日過ぎました。昨日、911関連で何かを書こうかと思いましたが、廃墟になった家のゴミ出しを頼まれて、二トントラックで二度不燃物処理場を往復して、クタクタでした。
P9120011.JPG

それにしても、人が死ぬとこれだけの廃物が出るのかと、その労働の疲労度とともに考えさせられました。使えるものも沢山ありました。リサイクルという手もありますが、親族や知り合いがそれを継続してだれかが持ち続けるということはあまりなくて、というより、だれもが自分用をすでに持っているので、一人が一つずつということになるわけです。ドンドン増えるゴミはどうなっていくのでしょう。

すべて燃える素材で作るということを法的に決めてしまえばいいのですが、最近知った情報で、スエーデンではゴミをエネルギーに変えるそうです。http://tabi-labo.com/44787/swedendealingwithwaste/
3トンで1トン分の石油だそうで、他の国からわざわざゴミを買ってもいるそうです。スエーデンでできるならすべての国で可能なのですから、世界中でその方式に変えればいいのにと思います。すべてを長持ちする製品に変えるようにすることも必要でしょう。

911に関してですが、いまだに疑いもなくビンラデインが犯人で彼らの一味がやったのだと思っている日本人が多くて、その度にいちいち不可解な点を説明します。だから、このブログでも何度も言い続けざるを得ないのですが、、。今日は、最近の情報ではないですが、たなか・さかいさんの文章から転載します。911同時多発テロに関して、九つの謎としてまとめてあります。
情報源http://dot.asahi.com/wa/2012092600508.html

9.11 いまなお消えない9つの謎

 9・11事件は、アラブ人の若者たちによって準備され、米国の防衛網の盲点を突いて実行されたという、一般に信じられているストーリーでは説明できないことが多すぎます。
 むしろブッシュ政権は、2001年9月11日に大規模なテロ事件が起きると知りつつ放置したか、もしくは事件の計画そのものに関与していたと考えたほうが無理がないのです。
 米国は、約40年間続いた冷戦に代わる構造を再構築するために、新たな戦争を望んでいた。そのきっかけとして、9・11が起きたのではないでしょうか。
 9・11から始まったテロ戦争という有事体制の中で、米国メディアがいや応なしに体制に引きずられるのは当然です。一方、インターネットは、その埒外にあるため、公式発表への疑問点も数多く報じられてきました。それは事件直後から今日まで続いています。
 9・11を考える入り口として、ここでは重要な疑問点を挙げてみます。
    *
(1)ワールド・トレード・センター(WTC)ビルはなぜ崩壊したのか?
 WTCのツインタワーは旅客機が突っ込んだ後に崩壊しましたが、その様子を見た多くの建築専門家が「あらかじめ爆弾が仕掛けられていたのではないか」と指摘していました。爆弾を次々に爆破させてビルを解体する「制御解体」との見方ですが、米政府は調査結果をもとに、それは根拠のない間違いと一蹴しています。
 「旅客機の衝突による衝撃と火災によって崩壊した」という公式発表が出ると、報道もその線に沿ったものになっていきました。
 しかし、最近になって米国の建築家グループが、ツインタワー崩壊は「制御解体」だったとして、米政府に再調査を求めています。自然落下に近いスピードで崩れ落ちたことなど、公式発表の内容では説明できない、としています。指摘される「制御解体」であったとしても、「だれが、どのように爆発物を仕掛けたか」との疑問は残ります。

(2)旅客機が衝突していない第7ビルはなぜ崩壊したのか?
 ツインタワー崩壊の約7時間後、近くにあるWTC第7ビルが崩れ落ちました。公式説明ではツインタワー崩壊の影響と火災が原因とされていますが、旅客機も衝突していない第7ビルが崩壊したのは、やはりビル解体に用いられる「制御解体」と見るのが自然です。謀略説を分析する人々の間では、この崩壊は「WTC7にも爆弾が仕掛けられており、犯人の手違いで爆破時刻がずれたのではないか」と考えられています。

(3)ビル崩壊の現場を十分な検証もせずに片づけたのはなぜなのか?
 ツインタワーの崩壊現場はただちに撤去作業が行われ、崩壊原因を特定するための十分な証拠調べが行われていなかった、という指摘が出ています。
◆ペンタゴン衝突、穴が小さすぎる◆

(4)米国防総省(ペンタゴン)ビルにできた穴は、なぜ衝突したとされる旅客機の大きさより小さいのか?
 ペンタゴンにはハイジャックされた旅客機が突っ込んでビルの一部が破壊されたとされていますが、公開された事件直後の写真を見ると、ビルの壁面にできた穴は旅客機が突っ込んだにしては小さすぎます。さらに旅客機の残骸などの証拠物も映っていません。ビルに突入した際に旅客機の機体が破壊されたとされ、機体の一部もペンタゴン周辺から見つかったとされています。だが、後に公表された激突の瞬間を映した監視カメラの映像にも機体は映っていません。

(5)米軍の緊急発進はなぜ遅れたのか?
 ハイジャックされた旅客機に対して、米軍は戦闘機を緊急発進させて旅客機を捕捉したり、撃墜したりする態勢を整えています。事件当日も米連邦航空局から米軍に緊急発進の要請が出されましたが、実際に戦闘機がニューヨーク上空に到着したのは、2機目の飛行機がWTCビルに激突した数分後でした。
 ペンタゴンに衝突したとされるハイジャックされた旅客機に対しても、ニューヨークから戦闘機を回しても間に合う時間的余裕がありましたが、戦闘機はその後3時間ほどニューヨーク上空を旋回し続けました。
 ペンタゴンがあるワシントンDCの守備は、15キロほど離れたアンドリュー空軍基地が担当していますが、この日はなぜか、約200キロ離れたラングレー空軍基地から3機の戦闘機が緊急発進しています。結果としてテロは阻止できませんでした。

(6)刑事捜査もせず、なぜ戦争に突き進んだのか?
 日本の警察・司法当局は、オウム真理教による一連のテロ事件を刑事事件として捜査し、教祖の松本智津夫(麻原彰晃)被告に死刑判決を下すなど、刑事手続きにのっとって解決しました。
 ところが米政府は「首謀者ビンラディン、実行犯19人。悪いのはタリバーンとアフガニスタン」と一方的に宣言し、実行犯への刑事手続きを踏まないまま、戦争へと突き進みました。

(7)ビンラディンはなぜ9・11事件の容疑で指名手配されていないのか?
 米連邦捜査局(FBI)のウェブサイトに、「もっとも重要な10人の指名手配犯人」の欄があり、オサマ・ビンラディンも、その中に含まれています。
 しかし、その容疑は、1998年8月にケニアとタンザニアの米国大使館が爆破され、200人以上が死んだ事件に関与したとあるだけで、9・11事件への言及が一切ありません。
 容疑の欄には最後に「その他、世界各地のテロ事件への関与も疑われている」と付け加えられているので、ここに9・11事件が入っているとも考えられますが、ビンラディンの事件への関与は薄いという意味にもとれます。

(8)容疑者の人違いはなぜ起きたのか?
 FBIは事件から3日後、主犯格のモハメド・アタをはじめ19人の実行犯のリストを発表しました。続いて実行犯の顔写真も公開しましたが、後に何人かは人違いだったとわかっています。最初にWTCに突っ込んだ旅客機をハイジャックしたとされたサウジアラビア人は、実際はモロッコに住む事件と関係のない人物でした。
 ところが、FBIはその後の発表でも、なぜか最初に発表したのと同じリストを使い続けました。

(9)度重なる警告はなぜ「無視」されたのか?
 2001年7月、イタリア・ジェノバで主要国首脳会議(G8)が開かれた際、イスラム過激派組織が飛行機で会議場に突っ込むテロ計画があるとの情報を、エジプト当局がイタリア当局に伝え、ジェノバでは厳戒態勢がとられた。この時点で、アメリカ当局は飛行機がビルに突っ込む形式の自爆テロがあり得ると十分、認識していたはずです。
 01年6月、ドイツの情報機関はアメリカでのテロ計画を察知し、米当局に通告していた。事件の1カ月前には、イスラエルの情報機関の幹部が「米国内にはビンラディンと関係する200人規模のテロ組織があり、米国内の有名な建造物を標的にしたテロ攻撃を起こそうとしている」と、FBIと米中央情報局(CIA)に報告しています。
 これらの警告は、すべて表向きは"無視"されました。(転載終わり)

2014年09月23日

慰安婦問題ー日韓関係

慰安婦問題。いつぞやこの問題を取り上げました(以下)
http://untouchable911.seesaa.net/article/395816486.html
が、このときだけで、本格的には探ることもなく、何となくこの問題を避けていました。というよりも、韓国との問題を考えること自体を避けていたと思います。やはり日本の教育のせいで奥底で自虐史観というものもあったでしょうし、個人的体験から韓国人に対する印象の悪さもあったと思います。

海外生活をしていたときに、韓国人とは何人か親しくなりました。まだ渡欧して間もない頃に、学校の様子を調べるために各学校(10〜20校)の日本人を捜しては聞き歩いていました。事務所で調べると日本人はいなくても必ず韓国人がいて、その人を事務員は紹介してくれたりしました。とにかく、それほど韓国人の割合が多かったので、親しくなる機会も多かったのです。

10数年の間に、二人の韓国人留学生と、町の中でだれかれとなく話しかけていた在日韓国人を会わせて三人の韓国人と親しくなりました。共通したことは、三人とも金銭的問題で別れてしまったことです。しかも、被害者は私です。知って間もない頃は、日本人以上に熱く親しみを込めて近づくのでこちらもうれしいし、どんどん親しくなります。

しかし、しばらくすると必ず「金を貸してくれ」という話になるのです。友情は芽生えているし、信頼もしているので断れません。日本人の友人の場合は小銭以外は全くありませんでしたが、彼らの場合は万単位の金です。一人の留学生は他の知人の日本人にも借金をして返していないことがわかり唖然としました。日本人と見ると金を貸してくれる、という認識があるのか、、、。

別のケースでは、一時帰国中に「金を送れ。でないとお前から預かっている荷物はどうなるかわらかない」という信じられないことを言われ慌てて送金したこともあります。

最悪のケースは前述のだれかれとなく話しかけていた在日の人に、最後には金を脅し取られたのです。彼は金がなくなって泊まる場所を探していた(見ず知らずの人に手当り次第に、泊めてくれというのは、なかなか勇気ある行動ですが、見方を変えればねだれもの)のですが、話を聞いた上で数週間宿泊させ、仕事も依頼し、金を稼がせてあげたにも関わらず、最後には金を脅し取るというような具合でした。

荷物を盾に金を送金させた韓国留学生は自ら「韓国人は金に汚いです」と平気で言っていました。本当でしょうか?

彼らは特別だろうと思っていましたが、最後は15年以上親しくしていた日本在住在日の人と決別しました。金銭的トラブルはなかったものの、彼の仕事にボランテイアで3ヶ月も手伝ったあげくに「手伝ってもらわなくてもいいのだ」という言葉や、理性を失ってしまった言動に失望して離れていきました。

彼は、哲学にも通じた理性的人間だったので、冷静に話せば何でも理解しあえると思っていたのです。日韓の問題も段々と深刻になってきたので、その話題を出すこともあったのですが、もしかすればそれが原因だった可能性もあります。そうだとすれば、やはり在日の人はどんなに親しくなっても日本人との間には大きな溝があるのかもしれません。人によっては、その溝は埋まると思っていたのですが、そこになると理性よりも感情が優先していくのかもしれません。

私に「おまえ、余りに優し過ぎるよ」と思っている人もいるでしょう。確かにそうかもしれません。しかし、こういう私も最後の在日には感情ぶち切れでした。

というわけで、しっかりした知識を知らないことには、この問題は見えてこないだろうと思い、一念発起して今回の問題を探ってみました。

慰安婦問題。これを初めて知ったのは大分前でしょうけど、それを知った時に思ったことは「戦争中なのに随分余裕があるなあ」と。戦うことで精一杯なものかと思っていましたが、性欲バンバンなのだということに驚きました。しかもそれに配慮する軍隊!

戦争には行ったことがないので、わかりませんが、どうも人間は戦った果てにその土地を占領すると、そこにいる女性を強姦したり、強奪したり、平和な社会では犯罪になるようなことを平気でするような心理になるようです。それは万国共通で、どこの国でも、それを避けるために戦時にはそういう女性を準備しているようです。最も新しい形は米兵で、女性兵士も増えている米軍は兵士同士で解決しているという話です。

韓国兵も同様で、ベトナムでは大きな問題を起こしていますが、それに関しては日本人はほとんど知りません。私も今回いろいろ調べる過程でわかりました。他国を責めるばかりでなく、この問題を自国で大きく取り上げる力量があるなら、韓国を見直しもします。
「ライダイハン」(敵軍の子供、あるいは ライ=混血、ダイハン=大韓)詳しくは以下へ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ライダイハン

性の問題が絡みますが、それは置くとして、ことの発端は肥料会社をしていた吉田清治という人が、仕事が傾き、金を得るために週刊誌に投稿。その延長が「私の戦争犯罪」という本。この中に済州島で朝鮮人女性を軍令で強制連行し、日本軍の慰安婦として働かせたことが書かれてあったのです。

それを取り上げて、自ら調べることもなく記事にしたのが、朝日新聞の植村隆。さらに、それは河野談話にも影響を与え、アメリカ政府や他国にも影響を与えた。その結果、我々日本人はさらに自虐史観を助長したでしょう。

問題はこの吉田清治が自らフィクションだったことを認めたことで、強制連行の事実が崩れだしたのです。韓国政府の調査でも出てこず、また、NHKの池田信夫がドキュメンタリー制作のために、済州島で調査した際にも、そういう女性を見つけることはできなかったのです。

さらに、
アメリカ国立公文書館には1944年、米軍が慰安婦から聞き取り調査した報告書に以下の記録があります。《慰安婦は強制されたものではなく雇用されていた》《接客を断る権利を認められていた》《女性たちは大金を持って楽しんでいた》《洋服や化粧品など好きな物を買うことができた》《日本兵とスポーツやピクニック、宴会などをしていた》

では、強制でなくどうして集めたのか?慰安婦募集には張り紙が出されて当時月収は300円と記され、3000円も前借りできるとあるのです。これが現在の価値でどれほどのものかといえば、諸説あり300万円説もありますが、100万円以上なのは確実のようです。(前借り金は1000万〜3000万ということになります)兵隊の上から四番目の中佐と同じくらいです(1943年)から、会社で言えば幹部クラスです。
 慰安婦 大募集月収最低300円、3000円まで前借可能  京城日報 1944年7月26日広告.gif


(余談ー信じられないことですが、今現在の韓国兵の給料は月1万円前後のようです。何故金に厳しい韓国人がこれに怒らないのか。)

当時、二等兵はたったの6円なので、自分の年収の四年分以上をたった一ヶ月で稼ぐ高級娼婦といたすことになるわけで、羨望のまなざしだったでしょう。強制どころか、高給に目がくらんで、応募した韓国人女性、日本女性は多かったと思われます。それに以下のサイトでは、娼婦の生活ばかりでなく、韓国全体が裕福になり、何だか楽しそうなのです。写真に自虐史観的説明文「人類史上類を見ない残虐な植民地支配の中スキーを楽しむ韓国人」などとありますが、韓国人に配慮したものでしょうか(笑)
http://kousyoku.doorblog.jp/archives/2014-07-19.html

慰安婦がいいとは言いませんが、当時の彼ら彼女らの感覚は、今の批判的な感覚とは異なるように思います。また、いつぞやこんな事件がありました。転載します。

   韓国紙「世界日報」によれば、事件が起こったのは2013年5月のことだ。ソウルにある宗廟市民公園が、その現場となった。 同公園は観光スポットとして知られるとともに、近所に住む高齢者たちの憩いの場でもあり、多くの人々が青空の下、囲碁や世間話を楽しんでいる。被害者の朴さん(95)も、そうした輪に加わる一人だった。

   そこにやってきたのが、黄被告(38)だ。彼は大量に飲酒しており、すっかり酩酊していた。この酔っ払いと朴さんが話すうち、その何気ない一言が黄被告の「逆鱗」に触れた。「日本の植民地統治は、良いことだったとワシは思うよ」 朴さんがどのような点を「良い」と評価したのかはわからないが、なにしろ朴さんは95歳、終戦の時点でもすでに27歳だ。日本統治の実態、そしてその後の韓国現代史を目の当たりにしてきたわけで、その発言には重みがあっただろう。一方の黄被告は37歳、朴正煕時代すらほとんど記憶していない世代だ。

「なんだと!」 しかし、「愛国者」である黄被告は朴さんの発言に激怒した。朴さんを蹴飛ばすと、その杖を奪い、怒りに任せて頭などを殴りまくった。朴さんは頭蓋骨や脳などに重傷を負い、治療を受けたものの死亡した。傷害致死罪で逮捕された黄被告は「泥酔しており心神耗弱状態だった」と主張したものの、9月10日に懲役5年の判決を受けた。
http://www.j-cast.com/2013/09/13183859.html?p=all

転載終わり。この朴さんのような世代から当時の本当の姿を話してほしいですね。しかし、それを言えば殺されるような環境ならば、本当の話はできないでしょう。韓国はそのこと自体が問題です。

「戦争で占領したら必ず、その国の人々を苦しめる」と普通は考えますが、これ自体がどこでも通用するのか、それはヨーロッパ諸国が世界を植民地化していた当時や、民主主義を持ち込むという理由で、兵士のみならず民間人をも多数殺す現代のアメリカだけの話じゃないかとか、思ったりしますが、、。

本当のところはどうなんでしょうか?海外の人々の言葉に耳を傾けてみましょう。以下のビデオは参考になります。




無論、戦争は反対ですが、戦争無しで、その国の文化を尊重し、何ものも剥奪せず、良いものを持ち込み、また自国の垢(政治家、官僚)を洗い流してくれるならば、占領もいいんじゃないかと思いますが、今の人類にはそういう器量はないでしょう。宇宙人に期待するのみです。(笑)

ところで、慰安婦問題はこれで終わりません。付録のストーリーがあります。朝日新聞の記者ー植村隆の妻は韓国人で、その母親は梁順任。彼女は元慰安婦による日本政府に対する戦後補償裁判訴訟の原告団長。また、彼女は韓国人戦時動員被害者等に日本政府などから補償金を受け取ってやるといって弁護士費用などの名目で韓国人3万人から計15億ウォン(約1億2千万円)をだまし取ったとして摘発、立件されましたが、今年二月証拠不十分で無罪。この辺も、誤報記事と関連させることも可能です。植村は韓国寄りの記事を書きたかったというよりは、身内寄りの記事を書かねばならなかったかもしれません。植村隆は現在行方不明のようです。

さらに、才女福島瑞穂(全国模試で1位になり、東大法学部卒の弁護士で国会議員)がこれに関わります。ウイキペデイアでは以下「慰安婦問題については早期から、問題の周知に大きな役割を担った。高木らと共に韓国で賠償訴訟の原告となる元慰安婦を募集し、慰安婦募集の強制性を認めた1993年(平成5年)8月の河野談話の根拠となった日本政府による韓国での元慰安婦16人の聞き取り調査にオブザーバー参加したことが報じられている。」

その当時の松尾貴史との対談が以下


これを問いつめられた最近の映像が以下


非常に頭の良い方だと思いますが、素直じゃないですね。正義感強い弁護士ならば、この事実が逆転した時点で、もう一度同じ人々を再調査して、事実を確認するでしょう。そういう頭が働かない偏差値才女を日本の頭(政府)には要りません!

また、以下のビデオでは元NHKの池田信夫氏が金丸が北朝鮮の金さんに1兆円を出す約束をしていること。北朝鮮と南の訴訟する側がつるんでいること。1兆円の中から、金丸や朝日新聞がちょろまかす(とは言ってませんが)ことなどなど、面白いことを話しています。まとめる時間がないので、どうぞ見てください。


まとめ

私は右翼でもないし、日本をこよなく愛しているわけでもないですが、それより本当のことが知りたいと思っています。そこからしか、次がないし、新しい方向も生み出せないと思います。私が知り合った韓国人、在日の方、朴さんを殺した黄さんの姿勢も、いつだったか韓国の教科書を見た時に、何となく理解できました。日本を憎むような教育をしているんだなあと。ただ、良識ある韓国人のために付け加えますが、渡欧への途中下車で何度かソウルにも立ち寄ったし、他の都市にも行った経験がありますが、不快な思いはほとんどしませんでした。

さて、最後のビデオです。韓国人が慰安婦の彫刻を建てようとしたアメリカのブエナパーク市の女性市長のインタビューです。こんな賢い政治家がほしいですね。市長に対して韓国からメール等が来たらしいですが、その数100通。ところが日本人からは合計3000通も来たそうです。意外とやるなあ、日本人!


最後の落ち・昨年12月ブエナパーク市長が韓国人男性に変わりましたが、公文書偽造で有罪になりました。http://piyopiyo-party.at.webry.info/201406/article_1.html

早朝から初めて、やっと終わりました。お読みいただき、ありがとうございました。慰安婦問題をまだ詳しくご存じない方に、ご紹介ください。
posted by 究明 at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | その他・日記・歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月25日

見直すべき近代史

先日、慰安婦の問題を調べたことで、日本の近代史を覗くことになり、いろいろなビデオを見ました。自分の歴史観が段々と変わって行くのがわかり、「こりゃ、見直さないかんなあ」と思いました。知らなかった、関心がなかった、、ということなんですが、このブログは政治経済社会様々な裏側情報を発信しているのに、うかつにも歴史の裏側については考えてこなかったなあと反省しました。学んだ歴史をどこかで勝手に信じていたのでしょうか。それほど自虐史観を植え込まれていたのかもしれません。

ただ、過去に日本の近代史に関して「あれ?」と思うことが記憶している限り三度ありました。

一つは20代の頃の話。兄嫁の父親が戦争中に台湾に行った経験があり、その時に台湾で知り合った台湾人の話をうれしそうに話し、戦後もお互い日本と台湾を行き来していたのです。台湾人を殺し、占領したのだから、さぞかし恨まれているだろうと勝手に想像していたのです。台湾に限らず、すべてのアジア圏の国から恨まれていると思っていました。ですから、その時の兄の義父の話は印象的で、その人の印象はそれだけが強烈で、他のことはあまり覚えていません。もう亡くなりましたが、生きていたら、もっと話を聞いておきたかったです。

さらに、零戦の整備士だった方とたまたま知り合ったのですが、その人は戦中に東南アジアのあちこちに整備士として派遣されました。フィリピンだったか、ベトナムだったか忘れましたが、その国の飛行機制作に協力したのが縁で、その方もその国の人たちと親しくて、最近でも国境を越えて行き来しているほど親しいのです。この人はまだ生きていらっしゃるので、こんど是非話を聞きに行きたいと思っています。

次に、戦争原因に関してです。1992年夏に仕事もあって1ヶ月北米を旅しました。その折に、叔父の友人で、かつ私の小学校時代の図画工作の先生のお兄さんがニューヨークおられて訪ねて行きました。その方は実に誠実、温厚な人で、その人と飲む酒は極上でした。「美味しい酒は酒の味でなくて、だれと飲むかなのだ」と教わった唯一の経験でした。

同郷の上に、共通の知り合いがいるので、四方山の話になり、楽しい話ばかりでしたが、唯一その人が怒りを込めて話したことがありました。ですから、その話だけがすごく印象に残りました。

内容は太平洋戦争はいかにして起こったか?「日本側がしたくてしたんじゃない。アメリカがそうするように仕向けたのだ」と。当時、石油をアメリカに依存していたのですが、それをアメリカ側が供給を停止したのです。それはとりもなおさず、日本が戦争をせざるを得ない状況になることがわかってのアメリカの行動であったと。

その方は、日本の企業のニューヨークの支店というか研究所みたいなところで、たぶん所長さんくらいの高い地位の方だったと思います。しかも、20年間くらい長期に生活しておられたと思いますので、アメリカの恩恵はかなり受けておられました。お嬢さんもアメリカの大学を出て、アメリカ人と結婚して幸せな生活をしておられました。それなのに、この点に関しては、けして譲ることがなく、当時に帰った如くに、怒りを交えて話しておられました。

私はこの事実は当時知らなかったので、とても衝撃を受けました。その後10年以上もしてから、真珠湾攻撃はアメリカ側はすでに無線傍受して知っていたという話も本で知り、アメリカは常に被害を捏造して国民に憎悪感を起こさせ、戦争に持ち込むのだとかいうこともネットで知るようになりました。

記憶力の悪い私が、この過去の三つの話は自分の歴史認識を覆されたので、よく覚えているのです。

それで、慰安婦関係の延長で見た以下のビデオはすごく納得がいきました。小林よしのりさんの漫画は絵が好きでなくて、読んだことがありませんでしたが、この史実の前には、絵の好き嫌いを通り越しました。

先日の記事にこういう風に書きました。

「戦争で占領したら必ず、その国の人々を苦しめる」と普通は考えますが、これ自体がどこでも通用するのか、それはヨーロッパ諸国が世界を植民地化していた当時や、民主主義を持ち込むという理由で、兵士のみならず民間人をも多数殺すアメリカだけの話じゃないかとか、思ったりしますが、、。」

このビデオを見ると、意外にも日本がアジア圏で占領していった国々では欧米とは異なる政策をしていたことがわかります。「え、同じ人間なのに、傲慢独断的じゃなかったのか?日本人て、ちょっと変わっているなあ!今のお金中心の日本人と違うなあ、、」と驚いてしまいます。

占領することは悪いにしても、その土地を良くして行く点に関しては、過去の日本人に学ぶべきじゃないのかと、自虐史観を完全に覆されます。ただ、日本がアジアに乗り出していった原因は欧米人が北米、アフリカ、アジアとどんどんと植民地化していく状況に日本は戦々恐々として、先に手を打たなければアジア圏が欧米諸国に完全に制覇されるだろうと危惧した結果だと思います。彼らが海外進出しなければ、いまだに平和で楽しい江戸時代がつづいていたかもしれません。少々不便でも、私はその方がいいなあ。

ということで、長いですが、ご覧下さい。















最後に、もひとつ、パラオ共和国



ついでに:過去の日本人の行動には感心しますが、しかし、今の日本人も災害にあっても強奪もなく、平和が保てたり、被災者支援に行ったり、あるいは海外に移住した日系移民の人たちの地道で誠実な姿は立派なものです。移住地で暴動を起こしたり、集団で問題を起こす移民もいますが、そういうことはほとんど皆無。ロサンゼルスで日系関係のことを調べたことがあるのですが、日本人は誠実に働いて成功して行くことに、アメリカ人は嫉妬し、迫害したりするんですね。日本人のまじめな性格がなかなか受け入れられない。他国の土地を盗る、現地人から搾取するということを繰り返して成り上がった人たちには通用しない、理解できないということでしょうか。自虐史観どころか、この日本人の誠実さや他人への配慮等々の特性は、今のこの時代には大事なことで、世界中に広めるべきことだと思います。

posted by 究明 at 13:59| Comment(0) | TrackBack(0) | その他・日記・歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月26日

二日で上映禁止になった映画「凛として愛」

結局、あれこれ沢山のビデオを見た結論としては、明治以降の日本の戦(イクサ)は 東洋VS西洋 であり、人種差別との戦いだったと思います。それがバレちゃまずいので、西洋諸国は日本が悪いことに一方的にしてしまった。だから、靖国神社で上映しようとしたこの映画に横やりが入り、中止になったのだと思います。無念さの中で亡くなっていった戦死者の霊は、現代を生きる我々が事実を知るまでは、日本の国土から消えることはないでしょう。精神性が薄れ、物質優先的になってしまった日本の現状は戦に負けてしまった結果なのかもしれません。

このブログの200余りの情報の中で、今回調べている日本の近代史が私にとって最も衝撃的なものでした。また、知らず知らずのうちに育んでしまった自虐史観がいかに自分を作り上げていたかを知りました。それ故に、何か希望のようなものが見えたようにも思います。

映像が終わっても消さずに、1時間8分30秒辺りからの文章もぜひお読みください。
posted by 究明 at 08:18| Comment(0) | TrackBack(0) | その他・日記・歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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